





9年前までは上の赤瓦の宿に、よく滞在した。お世話になった主のオバアは、すでに他界していた。享年82歳だったそうだ。今は娘さんがあとを継いでいる。
オバアは沖縄本島で言うと「ユタ」に当たる人で、普通は人目に触れることのない、様々な儀式のことなどを聞かせてくれたし、実際にいくつかの神事には僕を助手代わりにして参加させてくれた。おかげで与那国島の奥深い文化や歴史を、垣間見ることができた。最初はとっつきにくかったけど、いったん気を許すと、僕をまるで甥っ子のように扱う人だった。
今年は3回忌で、フチギライ(洗骨)をやることになっているという。つまりお墓を開いて遺骨を洗い、改葬するのだ。沖縄では広く行われていたが、最近ではなくなりかけている風習だ。与那国島には火葬場がないため、まだ残っている。とはいえ若い人はいやがって、石垣島までご遺体を運び、火葬にすることが増えているらしい。でもオバアは「私は焼かれるのは嫌だからね」と拒んだのだという。いかにもオバアらしい。
遅ればせながら仏壇に線香をあげさせてもらった。娘さんと思い出話をしているうちに、黒い板状の線香は半分ほどが白くなって、なおも立っていた。「あんなに真っ直ぐ、きれいに燃えているよ。喜んでいるしるしだね」と娘さんに言われて、悲しいやら、うれしいやら、涙ぐむほかなかった。
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