とある書籍企画のロケハンで、福島県にある
カルスト地域を訪ねた。鍾乳洞を含む特徴的な地形が、あちこちに見られる。

いきなり最もハードな場所へ向かった。「入水鍾乳洞(いりみずしょうにゅうどう)」は一応、観光洞窟なのだが、普通の格好で入れるのは全体の6分の1(入り口から150m)でしかない。残りの6分の5は、水着で行ったほうがいいような状況である。照明はほとんどなく、懐中電灯などは必須だ。最も奥の300mは、ガイドなしに入ることはできない。

「入水」という名前の通り、洞窟のほぼ全体に渡って水が流れている。水温は約10℃で、浸かると痛みすら覚える。場所によっては膝上までの深さがあった。気温も約14℃で冷えるのだが、この水温に慣れるというか、感覚が麻痺してくると、寒さも感じなくなってくる。
洞内は最低限の整備しかされていないため、ちょっとしたケイビングの気分を味わえた。階段や手すりなんかは、最初の6分の1にしかない。あとは、ただの狭い洞窟だ。這いつくばったり、体を横にしないと抜けられない場所も多い。メタボの人は、まずどこかで引き返すことになるだろう。無理に進もうとすれば、身動きできなくなる可能性もある。
そういう洞窟に、たった1人で入った。早朝だったので他の客はおらず、600mを往復する約1時間、洞内には自分しかいない。何度も天井に頭をぶつけ、ずぶ濡れになりながら狭い岩の隙間を通り抜けた時、ふと「もし、ここで何かあっても、すぐには助けてもらえないのだな」と考えてしまった。例えば落盤で岩の下敷きになっても、数時間はそのままだろう。叫んでも外には聞こえない。洞窟の受付にはスタッフが1人しかいないので、そう簡単には動けない。
ちょっとパニックになりかけた。一瞬、引き返そうかとも思ったが、なんとか妄想を振り払って先に進む。いつ終点にたどり着けるか、はっきりしないのが不安を掻き立てた。往復1時間程度の距離というのはわかっているのだが、時間の感覚もおかしくなってきて、行けども行けどもたどり着けない気分になってくる。
2回ほどコウモリに頭をどつかれた。けっこうなスピードで飛んでくるのだが、狭いから向こうも避けようがないのだろう。ゴウゴウという水音が常に響き渡り、しばらくすると、そこに人の声が混じって聞こえたりした。こういう幻聴は、スキューバダイビングでも体験したことがある。
どうにかこうにか終点までたどり着くと、帰りは気持に余裕があるので楽しかった。ようやく岩壁や鍾乳石などをじっくり観察できたが、とにかく暗すぎて、僕のカメラではまともな写真をとれなかった。
洞窟の外に出ると、雨が降っていたにもかかわらず、世界が明るく輝いて見えた。大げさに言えば、生まれ変わったような気分だった。まさに「胎内くぐり」だ。修験道の修行も、たぶんこういう体験をさせるのが目的なのだろう。